時間旅行者の夢(80) [小説『タイムトラベラーの夢』]



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   18.パーティ

 あのあと川田は、盗撮行為をまるで公務であるかのように弁明した。未来から来たと称する人物の身辺警護のためと、身体的特徴を押さえるため云々……というわけである。


 その夜、経済界の寵児、箱崎勝の邸宅で催されるパーティに、川田はレイナ・ランスロットを主賓として迎えるよう手配を済ましていた。


 外国特派員を含めて三百人を超える報道陣がレイナの後を追い回しているが、シドニーに倣(なら)ってレイナの取材許可を毎日六人のジャーナリストに限定する協定が出来ていた。


 また、怒れるEOW教団の大軍がレイナに付き纏い、彼女に対する不信を喚き立てている。

 その上に、今度はレイナ・ランスロットの弟子と称する一団が現れ始めて、新しい頭痛までが加わった。この新勢力は、レイナを法と秩序の救済者と見ているにも関わらず、熱狂的な崇拝の余り、法も秩序も踏みにじりかねない有様だった。彼等は一見紳士ふうの暴徒なのだ。

 これだけ相手が多くなっては、川田も余程機敏に立ちまわらなくてはならない。


 夕方六時前から、委員会メンバーはぽつぽつとホテル内の広間に集合した。
 ヒカルはフィルと広間に入ったが、有藤伸治と富岡早苗がひと足先に来ていた。


 一張羅(いっちょうら)を着込んだ有藤は見るも眩しかった。ピカピカの燕尾服が並みはずれた図体を包んで黒々と輝き、否応なくその太鼓腹に視線を引きつける。もじゃもじゃの白髪が、今日は珍しく脳天に撫でつけてあった。


 それに比べると、富岡早苗でさえ地味に見えた。今日の彼女が着ているのは、透明になったり不透明に見えたりする色っぽい素材で、緩やかですべすべしたガウンだった。適当な角度からは半裸が透けて見えるが、その眺めは一瞬と続かず、たちまち素肌を隠してしまう。斬新で魅力的で、ある意味では渋いともいえる装いだった。首のまわりには奇妙な魔除けが飾られている。それが男根を模(かたど)った物だと気付く者が何人現れるだろうか。


 まもなくすると、腿のあたりまでの簡素なローブを羽織った道長遥子が現れた。
 彼女たち二人とも不安そうな表情だった。


 やがて、翠川が部屋に入って来た。彼の到着で部屋の空気はさっと緊張した。


 なんとなくギクリと振り向いたヒカルは、まともに彼と目を見交せなかった。ヒカルも皆と一緒に彼を覗き見した一人なのだ。
 あの盗撮画面で浴室を覗いたことが、例え自分の発案ではなかったにしろ、皆と一緒にそれを眺め、節穴に目を近づけた出歯亀なのだった。翠川の裸体は、もはやヒカルたちには秘密でなくなっていた。


 道長遥子は体を強張らせ、胸の前で拳を握りしめていた。フィルは数時間前の自分の言動を思い出したのか、床をしきりに靴で擦った。しかし、罪悪感とか恥とか慎しみといった概念を頭から信じない富岡早苗は、温かみの籠った、こだわりのない挨拶を翠川に送った。長い人生で度々の脱線を繰り返した結果、故意ならぬ盗み見行為ぐらいでは良心の咎めを感じなくなった有藤も、朗らかに声をかけた。


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