時間旅行者の夢(77) [小説『タイムトラベラーの夢』]
≪前話へ
ヒカルは、レイナ・ランスロットが本物だと信じている。あのオークランドの丘の上での体験は、決して夢や幻などではなかった。この同じ部屋に居て、すっ惚けた表情で人の話に耳を傾けているフィル・シェルの存在が、尚それに拍車をかけている。
この先、何が起きるのだろう?
富岡早苗はうっとりした顔つきで立っていた。翠川はそわそわしていた。有藤とフィルは気懸りな表情だった。道長遥子が身に着けている氷の盾すら、すでに貫通されていた。ヒカルの感じている気持ちを、彼らもやはり感じているのだ。
やがて、レイナ・ランスロットが部屋へ入って来た。
この一週間、テレビで嫌というほど顔を見ていたので、今更目新しくない筈である。
ところが、いざレイナが傍へやって来ると、なんとなく異質な生き物に接触した思いがした。そして、レイナをなにか別種の生物と見るこの感情は、その後も痕跡のようにヒカルの心に纏わりついたのだ。
多少の免疫みたいなものがあるヒカルですらそう感じたのだから、ここにいる他の者たちの感じ方は如何ほどのものだったか。
レイナはヒカルに一瞥を投げかけて奥へと進んだ。その横にいたフィルに対しては、まるで無関心を装ったのをヒカルは見逃さなかった。
道長遥子の背丈より十から十五センチ高いことが、横を通るときに分かった。だが、ひときわ長身の川田や有藤伸治のあいだに挟まると見劣りするのは否めない。
それにも関わらず、レイナは完全に一同を呑んでかかっていた。スムーズな動きでひとわたり皆の顔を見回してから挨拶した。
「わたしのために、わざわざお集まりいただいて恐縮です」
その後、委員会の面々は順に自己紹介することになった。レイナは部屋の中央に立ち、一同が各自の専門分野を告げるのを、少し横柄とも見える態度で聞き入った。
言語学者、生化学者、人類学者、心理学者、そしてヒカルの番になった。先に口を開いたのはレイナだった。
「お久しぶり。また会いましたわね」と、握手を求めた。
ヒカルの横に立つフィルとは視線を交わしただけで、レイナはすぐにヒカルを見て言った。
「わたしの方から無理を聞いてもらったの。参加してくれてありがとう」
「わたしの義兄が時間逆行現象を専門に研究している物理学者なんです。その関係もあったみたい」
と言ってヒカルは待った。
レイナが答えた。
「これは正直驚いたわ。これほどの文明の初期に、時間逆行をすでに研究していたとは。お兄様とは近いうちに、ぜひそのことで語り合いたいものです」
翠川が一、二歩前に出て、噛みつくように言った。
「『これほどの文明の初期に』とは、どういう意味だね? 我々をむさ苦しい野蛮人の集まりだと思っているなら、大間違いですぞ」
「まあまあ」と、有藤が翠川の腕を引き止めた。
翠川は不承不承黙り込んだ。川田が苦い顔つきで彼を睨んだ。いくら正体の疑わしい客だとはいえ、いきなり喰ってかかるのは礼儀にはずれた行為だった。川田が言った。
「明日はパーティへの出席を予定しております。そこで、今日これからは自由時間として休息して頂いてはどうかと思いますが。もし、それでよろしければ……」
次話へ≫ [ブログトップ]
コメント 0