時間旅行者の夢(76) [小説『タイムトラベラーの夢』]



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 その夜の夕食の席では、富岡早苗と道長遥子が二人だけでなにやら話し込み始めた。気がつくとヒカルはフィルの隣りに取り残されて、EOW教団についてのあらゆる解釈を聞かされた。


 翠川は、有藤から数ヵ国語の猥談を聞かされていて、憂鬱な顔つきで耳を傾けながら、しきりに酒をあおっている。


 やがて川田も顔を見せ、レイナが明日の正午までにはこちらへ来る予定だと知らせた。


 ヒカルたちは、こちらへ向かうレイナの様子をテレビで見物することになった。
 霞が関一帯は幾重もの警備態勢が敷かれていたが、レイナを迎える二つの対抗グループがまわりに集結していた。


 まず、EOW教徒たちの大群が見えたが、これは意外でもなんでもない。最近では、どこへ行っても彼らがたむろしているのだ。


 それよりもっと気になるのは、他に適当な呼び名がないまま、アナウンサーがレイナ・ランスロットの"帰依者"と名付けた千人規模のデモ隊の存在だった。レイナを崇めるためにやってきた群衆である。


 カメラはその人たちの顔をなめるように映し出した。彼らは、EOW教徒のような体を塗り立てた狂人の集まりではなかった。大半がきちんとした身なりで、呑めや歌えの陽気なEOW教徒とは正反対の、緊張と自制の表情を見せていた。引きつった顔、固く結んだ唇、生真面目な態度──そこには少数ではあるが黒人もいれば白人もいた。


 テレビを見ているうちに、ヒカルは肌寒い感覚に襲われた。
 EOW教徒たちは世の中のあぶれ者、根なし草の寄り集まりだ。


 しかし、レイナを崇めにここへやって来た人たちは、郊外団地の居住者、堅実な貯蓄家、早寝早起きの励行者──つまり、この国の中間層と思われるのだ。ヒカルは富岡早苗に、その感想をもらしてみた。


「言うまでもないわ」
 と、彼女は答えた。「これはEOW教徒の過激さへの反動なのよ。この人たちは未来から来た少女を秩序回復の使徒と見ているんだわ」


 翠川も、前にそれと同じようなことを言ったことがある。ヒカルはなぜか、シドニーのダンス場で見た将棋倒しの光景と、ピンク色の大腿を思い出した。


「もし、彼らがレイナ・ランスロットに助けを求めているのなら、恐らく失望に終わるわね」

 と、早苗は言った。「でももし、彼らにどれだけの権力を振るえるかを知ったとき、レイナはやりかたを変えるかも知れないわ」

 ヒカルは、富岡早苗が穏やかに述べたこの言葉が気になった。


 政府が来賓客の受け入れに長年の経験を持っていることは、言うまでもない。レイナの車列がテレビ中継されている隙に、本物の方はすでに、とある建物の中に到着していた。


 普段使用されていない地下道を使って、レイナが委員会のメンバーたちの方へ近付きつつあるとき、川田からヒカルたちにメールでその旨が知らされた。


 レイナ・ランスロットがまもなくこの部屋に現われると聞いて、一瞬、ヒカルは闇雲な恐怖にとらえられた。ヒカル自身が、道理も構造も貫性もない世界を彷徨っている感覚とでもいうか、漠然とした恐怖なのだ。


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