時間旅行者の夢(74) [小説『タイムトラベラーの夢』]
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ようやくのことで、ヒカルたち六人と川田はそこを脱出した。揉み合いながらドアを擦り抜けたとき、喧騒を突き破って、どこかから怖ろしい絶叫が聞こえた。
それはまるで手足を引き千切られるような声だった。誰がどうしてそんな叫び声を上げたのか。
圧倒的に数の少ない警官隊が、拡声器で鎮静化に務めていた。
ヒカルたちは駅構内から外に出た。迎えの車が待っていて、レイナ計画委員会のメンバーは駅から少し離れたホテルヘ案内された。
まったくもって不快だとヒカルが感じている富岡早苗と有藤伸治は、しゃあしゃあと相部屋をとった。残りの四人は、それぞれの個室に落ち着いた。
川田は、レイナの取扱い方法を手解きしたDVDを、一人ひとりに手渡した。ヒカルはそれを再生することなく放っていた。
窓を覗くと、人びとが舗道をあわただしく往き来しているのが、遥か下に見えた。様々な人の波模様が出来上がっては崩れ、また出来上がる。ときおり、乱暴な一群が街路の中央を楔のように強引に突破していった。EOW教徒らに違いないと思った。
いつからこんなことが始まったのだろう?
世界から絶縁されたようなクライストチャーチの郊外で必死で生きて来たヒカルは、今やいつ、誰が混沌の中に巻き込まれるかも知れない時代が来ていることに気付かなかった。
彼女が窓から目を逸らしたとき、フィルと翠川が部屋を訪ねてきた。一緒に一杯やらないかという誘いに応じた。
ヒカルがルーム・サービスに連絡し、やがて運ばれてきたブランディ・グラスを三人でちびちび始めた。心理学の専門用語でペラペラ捲くし立てられなければいいが、とヒカルは願った。
「まるで夢だね、そうじゃないか?」
と、翠川が切り出した。
「未来から来た少女のことですか?」
「最近のこの環境全体がですよ。この終末的ムード」
「なにしろ経済危機が長く続いた時代だからね」
と、フィルは話した。「レイナ・ランスロットは一種の世直し、というわけだ」
「そう思うかね?」
「ひとつの可能性としてはね」
「これまでのところは、天が我々にあまり好意的だったとは思えないな。彼女の行くところ常に問題がついて回る感じだ」
「それは彼女の本意じゃないと思うわ。まだ、現代人と調子が合わないために、やることなすこと上手くいかないんだと思う」
と、ヒカルは言った。「時を待てば、いまに奇跡を起こすかも知れないわ」
「どうして、そうだと分かるね?」
翠川はそう訊いて、真顔で左の耳をつまんだ。
「彼女にカリスマ性があるからよ。あの微笑を見ただけで……」
「なるほど、なるほど。しかし、彼女がそのカリスマを理性的に使うと、どうして言いきれるね? 面白半分に大衆をそそのかすつもりだとしたら?
この時代へ彼女がやって来たのは、救世主としてか、それともただの観光客としてか」
「それは間もなく委員会で解明できるさ。もう一杯、注文させてもらっていいかい?」
フィルはそう言うとヒカル、そして翠川を見た。
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