夏の終わりに(前半) [小説『夏の終わりに』]


夏の終わりに


 それは突然に終わった。空気に透期感が混じり始めた。


 本当に夏は終わったのだ……と女は溜め息をついた。あまりの呆気なさに茫然としていた。


 いきなり乳房を揉みしだかれ、乳首の先に歯を立てられて、そこから血が滲み出してくる寸前のような気分……。
 ハッと息を吸い込んだまま、止まってしまっている状態……。


 やがて、彼女は世にも弱々しい吐息を長々と吐き出す。


「楽しい夏だったよ」

 先週、男は激しい愛を交わした後の少し淋しいような寛ぎの中で、とても静かにそう言った。


 女の唇に口づけて、胸の谷間に舌を這わせ、臍から恥毛にかけて順に口づけたあと、彼女の片足を上げながら花弁を吸うように弄った。


 その直後に言った口調の静けさゆえに、冷然とした事実が見えない壁のように、突然女の前に出現した。


「夏の間だけ」
 一番最初に彼はそう言った。
「家族が避暑から戻って来るまで、僕は君のものだ」


 その後はどうなるの……と女はそのとき訊きそびれた。オードブルが出始めたときに、デザートを気にするような感じがしたからだ。
 少なくともその時は、そんなふうに思ったのだった。


 けれども常に不安が付き纏わないわけではなかった。
 そのあと私たちどうなるの、と最初に訊きそびれた真の理由は、そのあたりにあったのかも知れない。


 つまり、彼が正確な別れの日付を口に出して宣告するかも知れない、という怖れだった。


 二人の夏が終わったことを、女は知った。


「ええ」
 彼女は同じような静けさで呟き、頭ではなく彼女の肉体に納得させるように、その言葉を呑み下した。
「ええ、私もとても楽しかったわ」


 男の横顔に安堵の色が滲むのを、女は認めた。
「君が好きだよ」
 温かくそう言ったのだ。


 サヨナラの別の言い方。


「もの分かりがいいから?」


 初めて言葉に棘が含まれた。


「今のは聞かなかったことにしよう。これまでの君らしくない発言だ」


 男は穏やかにそう言って、彼女の顎に指をかけて口づけをした。

 再び唇を離した時、彼はもはや彼女の良く知っている男ではなくなっていた。


 薄いベールのようなものが表情を覆い、彼は少し遠くなり、見知らぬ人のようだった。
 そのために、女は喉まで出かかった言葉を呑みこんでしまった。

 


 二週間がまたたく間に過ぎ去った。
 乳房に残る彼の唇の感触が感じられた。


 女はダイヤルを回した。


 受話器から、「今どこ?」と男が訊いてきた。


「オフィスよ」

「じゃ、こちらから掛け直すよ。会議中なんだ」

「だめよ。掛け直すつもりもないくせに」

「わかっているなら率直に言うよ。話すことはもう何もない」

「私にはあるの」

「約束が違うね」


「約束なんてしていないわ。あなたが勝手にそう思っているだけよ」

「ものの分かった大人の女性だと信じていたがね。僕の思い違いかな」


「いいえ、そんなことないわ。ものの分かった大人の女のつもりよ。だから提案があるの」


次話へ≫          [ブログトップ


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。