新入社員が女性上司と…(21) [小説『新入社員が女性上司と上手くやっていく方法』]

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 リビングに向かい合って座った途端、堰(せき)が切れたように茂手木との一週間を洗いざらい話した。


 いじめられたことを母親に訴える子供みたいだなと自分で思ったが、詩史は年長者だ。疑似母親にしても、おかしくない。そのことが初めて有り難く思えた。


 聞き終えると、詩史はわりに平静な様子で領いた。

「そういう人間、よくいるよ。自分のこと、特別な人間だって人に見せるのに夢中になってるやつ。ある程度の力はあるから、仕事はできる。

だけど、人を育てる力はないよ。だから、そばにいても、いいことにはならないと思う」


 そのようにすっと言い切られて、僕は目をパチクリさせた。

「じゃ、逃げ出してもいいんですか。逃げたら僕の将来はない、みたいな言い方されたんですけど」


「そりゃあ、そういう人間にとって、言うことを聞かない輩は脅威だもの。言葉だけでもめちゃくちゃに踏みつけてやらないと、気が済まないでしょうよ。

だけど、考えてみて。人の個性を否定して、自分そっくりになれなんて平気で言う傲慢な人間が本当の一流だと思う?

そういう人を尊敬できるかな。人間って、尊敬できる人からしか学べないものだと思わない?」


 僕は頷いた。


「その男は、勘違いしてると思う。そういう奴は、一人で頑張らせなさい。フックンは苦労しても漫画家になりたいかもしれないけど、仕事ってなんであれ、苦しいばっかりじゃ、やってられないよ」


「そう思いたいけど……僕、苦しいことから逃げてばかりいるから」


 かつて恋人だった女の子の顔が浮かんだ。僕はうな垂れた。
 茂手木の毒気は凄まじい。おのれを殺せと、たった一週間言われ続けただけで、すっかり自信がなくなった。


 すると詩史の右手が伸びて、落ちる一方の僕の肩を叩いた。

「フックン、わたしに相談持ちかけたってことは、わたしの意見が聞きたいってことよね」


 また僕は頷いた。本当は誰でもよかったのかもしれない。


 崖っぷちに立ったとき、たまたま電話をかけてきたのが詩史だったのだ。でも確かに、僕は詩史にすがった。


「わたしのほうが歳の分だけ、フックンよりたくさん、いろいろな人を見てきてる。だから言うわよ。

その男のところで働くの辞めたって、悪いことはなにも起こらない。あんたにはまだ先があるの。それなのに自分を殺しちゃダメ!」


「ケツまくっても、いいですよね」

「まくれ、まくれ! おまえなんか大っ嫌いだって、言ってやれ!」


 おまえなんか、大っ嫌いだぁ!
 それはまさに僕の言いたいことだ。頭の中で繰り返すだけで、すっとした。


 詩史は満足そうに、うんうんと頷いた。

「フックンは、すぐ顔に出るんだから」


 ああ、僕、今、笑ったんだ。すっごい、久しぶりだ。

「詩史さん」

 詩史がちょっと驚いた顔で僕を見た。勝手にフックンと呼ばれつづけてきた腹いせに、今まで心の中で使っていた呼び方が、思わず口から出たのだった。


「なに?」

「トイレ、借りていいですか?」

「いいわよ」


 僕はトイレに入ると、閉じてある便座にそのまま座り込んだ。そして昨日までを思い返した。


 ある意味、茂手木も凄い人だ。人から笑いを奪うなんて。あんな風で、友達いるんだろうか。恋人、いるんだろうか。


 まあ、いいや。僕は、もう付き合わないぞ。両の拳をギュッと握りしめてから立ち上がった。


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