時間旅行者の夢(2) [小説『タイムトラベラーの夢』]
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階下で電話のベルが鳴っていた。
ティムは階段の下に寝そべり、ヒカルが戻るのを待っていた。尻尾を振って歓迎してから、最下段の前で伸びをした。ヒカルは跨ぐしかなくなった。
「どいてくれたっていいのよ」と、愛犬に言ってみる。
ティムは、ハリソンが亡くなって暫らくして、寂しさを紛らわすために友人から貰い受けた。今のように、時どきはこちらの意向をほのめかしてみるが、一度としてティムに通じたことがない。
暖かい二階にいた直後なので、居間は凍えそうに寒かった。暖炉の薪をひと突きしてから、受話器を取り上げた。
途端に、同僚のケリー・ウィルソンの賑やかな声が飛び出した。
「ヒカル!? あなた、携帯電話を会社の引き出しに忘れて帰ったでしょう。何回掛けても出やしないから……」
「あら!」
暖炉脇のテーブルの上に置いたバックの中を探った。
「こっちにあるわよ。引き出し、鍵が掛かっているけど、鳴っていたから間違いないわ」
「それでわざわざ? なんてことはないわよね。用件は何かしら?」
「吹雪が近付いているから、状況によっては明日の出勤は無理しなくていいって、ボスから伝言よ」
「分かったわ、ケリー」
台所へ行き、ガスコンロでホットチョコレートをつくった。ホットチョコレートはハリソンも大好きだった。
読みかけの本をかかえて、長椅子に落ち着いた。背中にクッションを敷き、脚の上にも一枚投げてやると、申し分のない寛ぎの場が出来あがった。これで心地よく、満ち足りた気分で読書に没頭できる。
やがて、夜も更けた。うたた寝から目を覚まし、暖炉の上の時計に目をやった。十一時少し前だった──もちろん夜の。ベッドに入る時間だ。
でも、また横になるために立ち上がって、二階へ行くなんて何だかバカみたい。
とはいえ、弱くなっている暖炉の火の面倒をみるため、どっちみち立ちあがるしかなかった。欠伸をしながら薪を二本くべて、様子を見に近づいて来たティムの、耳の後ろを掻いてやった。
すると、ティムは体をこわばらせ、耳をぴんと立てて喉の奥から唸った。窓辺に寄るや、その前で吠え出した。
何かが外にいるのか!?
こんな強風のなかで、どうして物音が聞きとれるのか分からないながら、ティムの感覚の鋭さは信頼していた。
寝室のテーブルの引き出しに拳銃があるが、二階まで取りに行くより隣室にあるハリソンが残した猟銃のほうが手っ取り早い。
床を滑るようにして部屋に走り、押し入れの中の猟銃を掴んで、その下の棚から弾薬の箱を手に取った。両方を持って灯りのある居間に戻ると、弾を五発詰めた。
風とティムの咆哮とで、それ以外の物音が掻き消されている。
「ティム、黙って! さあ、こっちにいらっしゃい」
不安げに窓を見ながら太腿を叩くと、ティムはテクテクと歩いて来て隣に立った。
頭をなで、小声で褒めてやっても、すぐにまた唸りだす。筋肉を張りつめて前に飛びだし、ヒカルの脚を全身で押した。
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