時間旅行者の夢(1) [小説『タイムトラベラーの夢』]


ごく普通の生活を送っていた女の家の庭先に、
ある夜、瀕死の状態で男が倒れていた。
その男は何者か?

数週間後……、
空から美女が舞い降り、世の中は騒然となる。
その女は天使なのか、女神なのか、それとも?





時間旅行者の夢
〈現代ファンタジー小説〉


  [第一部]

   1.クライストチャーチ


 2012年の七月某日。ヒカル・スカイファーが仕事から帰宅するころには、郊外の彼女の家にも吹雪が近付いていた。ニュージーランドのクライストチャーチ市。七月は一年でいちばん寒い季節だ。

【作/多草川 航 tano-seana.blog.so-net.ne.jp】
 この国に留学してから十年近くが経過したヒカルは、その日、会社の同僚達と二十五歳の誕生日を祝い、帰宅した。


 吹雪のせいなのか、いつも聴いているラジオ電波の受信状態が悪くなっていた。電池を入れ替えて、あらためてスイッチを入れてみたが、ヒカルの願いもむなしく受信状態はよくならない。
 溜息をついて、スイッチを切った。


 寝るにはまだ早かった。テレビをつけて見たが、強風のせいで映りが悪かった。すぐに消した。


 なにかしなければと思いつつも、なにをしたらいいのか分からず、所在なく居間の中をうろついた。


 そこへ突然の雷鳴。少し離れたところへ落ちたようだが、ヒカルが身を固くして立ち止まるほど大きな音だった。かん高い風の悲鳴も神経に障るようになってきた。


 風呂に入ったら気が静まるかも知れない。ヒカルは着ているものを脱ぎながら、階段を上がった。


 居間の暖炉の熱気が上階に上がっていたので、早くも二階は暑くなりだしていた。ドアが開きっぱなしになっていたせいで、寝室までホカホカだった。


 髪を頭のてっぺんにとめ、シャワーではなく湯を張ったバスタブに入ると、柔らかな照明の光が体の上で躍った。


 湯に浸かった裸体がきらめいている。ランプの光だと目を疑うくらい、いつもと違って見えた。丸みが強調されて、影の部分は、より沈む。


 胸は大きいと言えるほどではないが、いつもより豊かに見えた。位置が高くて形がいい。
 日本人にしては悪くない体だと、自分で思っていた。お腹はペッタンコで、お尻は見事なほどふくよかだ。


 この体で二年もセックスから縁がないなんて、誰も信じてくれないだろう。だが、すぐに顔をしかめて、その考えを頭から追い払った。


 夫のハリソンが生きていた時には、彼とのセックスに歓びを感じていた一方で、それが出来なくなった今でも、性欲にはあまり苦しめられていない。


 最近は多少感じるようになったけれど、欲望を持て余して困るところまではいかなかった。


 目を閉じ、後ろに倒れて、すっぽりと湯に浸かる。
 ただ、赤ちゃんは欲しかった。なぜなのか、ハリソンとの間に子供は授からなかった。


 短い自愛を置き去るように、ヒカルはさっと体を起こし、足の指でバスタブの栓を抜いた。立ってツャワーの蛇口をひねって、憂鬱を洗い流してから出た。


 肌触りのいい厚地のフランネルのパジャマに袖を通し、そのぬくぬくとした心地よさを味わった。フランネルのパジャマには、寒い日に飲むスープと同じで、よしよしと頭をなでられるような安らぎがあった。


 歯を磨いて髪を梳かし、顔に化粧水をつけて、極厚の靴下を履くと、だいぶ気分が良くなった。あとは吹雪に負けないようにするだけだ。


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