時間旅行者の夢(72) [小説『タイムトラベラーの夢』]
≪前話へ
しかし、それと同時にこの来訪者を身近で監視し、その突拍子もない行動に極力ブレーキを掛けるとともに、彼女が本物であるか、それとも巧妙な詐欺師であるかを密かに、そして納得のゆくまで探らねばならない。
この最後の問題に関して、グループが二派に分れていることが明らかになった。
富岡早苗は、レイナ・ランスロットが2812年からやって来たことを、神がかり的なまでに強く信じていた。
翠川努も、彼女ほど熱烈ではないが同じ意見だった。
この時代に未来からの救世主を迎えることは、なにか象徴的にもぴったりくると、彼には思えるらしい。そして、レイナ・ランスロットがその規準に叶っている以上、翠川は悦んで彼女を受け入れると言う。
一方、有藤伸治に言わせると、レイナ・ランスロットの言い分を真面目に受けとること自体、すでに滑稽の極みであり、また、フィル・シェルが言うには、そんな馬鹿馬鹿しい考えを受け入れるなど、思っただけで胸がムカつくらしいのである。
道長遥子は中立の立場をとった。彼女こそ、科学的客観性の鑑だった。自分の目で確かめるまでは、時間旅行者のことでめったな言質は取られまい、という態度なのだ。
この討論は一部川田の面前で取り交わされたが、残りは、その夜の夕食の席まで持ち越された。総務省内の彼ら六人だけのために設けられた食卓で、納税者のツケで食事をすすめたのだった。
夜になって彼らはアルコールも飲んだ。それにつれて、不手際に狩り集められたこの小グループに、ある極性が現われてきた。
有藤と早苗はかつて夜を共にしたことがあり、今再びそうするつもりなのは明らかだった。この二人の開けっ広げないちゃつきは、どうやらフィルの度肝を抜いたようだ。
翠川は年増好きなのか早苗に気があるらしく、酔いがまわるにつれて露骨な素振りを見せ始めたが、早苗の完全な黙殺にあっていた。
早苗自身は、有藤に首ったけなのだった。
そこで、翠川は鋒先を道長遥子に向け変えたが、こっちは肘掛椅子の如く色気がなく、彼の不器用な誘惑を、その手の仕事には年季を積んだ女性らしい冷静的確な手際で撥ねつけていた。
ヒカルとフィルは、ある意味で孤立的だった。優秀な仲間たちが戯れているのをじっと眺めている傍観者という格好だった。
これが性格不一致その他の難点を除外して、役人が慎重に選んだグループなのか。哀れにも川田は、国への奉仕を志す六人のサムライを集めた、と思い込んでいるようだ。
だが、顔合わせからものの八時間と経たぬうちに、早くも分裂の兆しが見えてきた。今からこの調子では、予測の付き難いレイナ・ランスロットと同席した場合、いったいどんなことになるだろう。
ヒカルは少なからず心配した。
宴会が終わったときは、もう真夜中近かった。並んだビールの空き瓶が、テーブルの上で十文字に交叉していた。
役人たちが現われ、彼らを宿舎まで送り届けると申し出た。川田は六人の宿舎を、都内の各ホテルへ分散したらしい。
泥酔した翠川は、遥子をホテルまで送るといって駄々をこね、遥子はようやくのことでそれを振り切った。
早苗と有藤は手に手をとって部屋を出た。エレベーターに乗り込む時、有藤が早苗の胸に手を滑りこませるところが見えた。
ヒカルはフィルと徒歩でホテルへ帰った。
その夜、フィルがヒカルの部屋のドアを静かにノックした。どうやら彼も、富岡早苗の色香に毒されたようだった。
部屋の明かりをすべて消し、ふたりはベッドの上で折り重なった。
やがてフィルが寝入ったあとも、彼の白地に赤い丸をかたどったネックレスを弄りながら、ヒカルはなかなか寝付けなかった。夢の中にまで早苗が出て来そうだったのだ。
次話へ≫ [ブログトップ]
コメント 0