新入社員が女性上司と…(20) [小説『新入社員が女性上司と上手くやっていく方法』]
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6.姐御肌
「へんしゅーちょー」
我知らず、泣き声に近かった。
「どしたの、フックン。具合、悪いの?」
「……悪い、です」
「じゃあ、寝てなさい。元気になったら、また掛け直すわ。じゃ……」
「ま、待ってください」
思わず、とりすがった。「編集長、相談してもいいですか」
「いいわよ。うちにいるから、すぐおいで」
ふっと、力が湧いた。僕は布団の上に起き直った。
「行きます」
「あっ、ちょっと待って、フックン」
「はい……」
「悪いんだけど、こっちの駅に着いて、もし"お姫様"を見かけたら、連れて帰ってくれない?」
「はい」
リーフイのことだとすぐに分かったが、何があったのか、今は理由を聞く気になれなかった。
顔を洗い、髭を剃り、着替えて部屋を出た。考えてみたら、この一週間というもの、茂手木以外の人間とろくに会話をしていない。
そういえば外気もろくに吸っていなかった気がする。心が一酸化炭素中毒を起こしていたのだ。
先方の駅に着いた。改札を通り過ぎたところで、意外と簡単にリーフイを見つけることができた。それは彼女が一八〇センチの長身だからではない。
証明写真を撮るボックスの下から、派手なレース柄のスカートとストッキング、そして真っ赤な靴が見えていたからだ。
それでも人違いだと拙いので、僕はカーテン越しに声を掛けた。
「リーフイ……リーフイ?」
「フックン?」
聞き覚えのある声が中から聞こえた。
「開けていい?」
と言い終わるや否や、リーフイがカーテンを引いた。
腰掛に座って正面を見ていた。だが、お金を入れて写真を撮っている様子もない。
「なにしてるの?」
と訊くと、リーフイは首を左右に振った。「帰ろう、リーフイ。ゴーイング、マイホーム」
「ノー、マイホーム」
と応えたリーフイは、あそこは詩史の家だと言った。
それはそうだが……ははーんと僕は頷いた。
「リーフイ、詩史さんに叱られたね」
それには何も答えなかったが、僕の差し出す手を掴んで箱から出て来た。途端にあたりの視線という視線が、一斉にこちらに向いたような気がして、僕はより意気消沈する。
今の僕はこんなハデハデな気分ではない。仕事にも、人生にさえも悩んでいるというのに。
この香港娘は、とうとう詩史に叱られてしょげていたのか。
マンションに着くと、詩史はリーフイに部屋に居るように言った。そして、僕の顔をまじまじと見るなり、眉をひそめた。
「フックン、死相が出てる」
気付いてくれた。そう感じた。茂手木は、僕の表情や様子についてコメントしたことがなかった。僕のことなんて見ていないのだ。
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