時間旅行者の夢(70) [小説『タイムトラベラーの夢』]



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   16.レイナ計画委員会

 翌朝、ヒカルの部屋に川田から電話があった。

「十三時から、昨日と同じフロアで委員会の第一回会合を開きます。出席してください。メンバーの顔合わせです」

「分かりました。フィルには伝えてますか?」

「これから……」

「伝えましょうか?」

「お願いします。では十三時に。こちらから、お迎えに参ります。マスコミの連中にあなた方をくれてやるわけにはいきませんからね。僕がそのドアをノックするまで、部屋を出ないようにしてください」

「分かりました」


 電話を切って後ろを見たとき、ドアの下の僅かな隙間に人の影が動いた。誰かが廊下にいるようだ。川田が言ったとおり、マスコミにもう嗅ぎつけられたのだろうか。


 ヒカルは昼になるのを待つことにした。
 だが、しばらくするとドアがノックされた。


 覗き穴から廊下を窺い見ると、フィルがビニール袋を提げて立っていた。慌ててドアを開け、中へ迎え入れた。


「マスコミの人たちに遭わなかった?」

「正面玄関に何人かいたよ」
 と言いながら、フィルは袋からサンドイッチと缶コーヒーを取り出した。

「あら! ありがとー。嬉しいわあ。この状況だと昼まで何にも口に入れられないかと思ってたわ」


 窓に近寄り下を覗き込んで、フィルは言った。

「ミスター川田から電話があって、これじゃあ午前中が退屈でしかたがないと思ってさ」


 先ほどは、ああは答えたが、川田はやはりフィルに電話で伝えていたのだった。それは正しい選択といえた。


「インタビューされなかったの?」

「いや。俺はここに泊まっている多くの観光客の一人と思われたようだ」


 十三時前に川田が現われ、通用口からヒカルとフィルを連れ出した。
 総務省の建物に入ると、昨日とは別の部屋だったが、そこには三人の先客がいた。ヒカルが姿を見せると、彼らは一様に席を立った。

 誰かが「ほう」と声を漏らした。


 川田は形式的ではあるが、彼らに天谷ヒカルとフィル・シェルを紹介し、次に男性二人と一人の女性を紹介した。


 翠川努(みどりかわ つとむ)は三十八歳の心理学者だが、その風采は例えていえばエリート社員といったところだ。

 贅肉のないスポーツマン風な体格で、張った頬骨、への字に結んだ唇、突き出した顎。なんとなく想像されるのは、週の大半をコンピューターに向かい、週末にはスポーツクラブに通う、そんな男に見えた。


 有藤伸治(ありとう しんじ)は、いうまでもなく言語学では一定の評価を得て来た男だった。六十の坂を越え、やや赤ら顔で太っているが、大学では学生たちの人気を集めている。
 あらゆる世紀、あらゆる言語に跨った艶笑な詩の収集も彼の副業だった。


 道長遥子(みちなが ようこ)は生化学者で、クローンなどの生命合成に関して最近マスコミに多く取り上げられるようになった。

 彼女は華奢な体で、身長は一メートル五十そこそこ、体重はせいぜい四十四、五キロだと思われる。歳は三十九歳だが、お疲れなのか四十過ぎに見える。

 油断のない輝きを宿した目、上品な顔立ち。その少年に似た体を包んだ服装はあくまでも純潔で、好色家にはいっさい縁がございませんと広告しているようだった。


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