時間旅行者の夢(67) [小説『タイムトラベラーの夢』]
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政府関係者を良心の呵責から免れさせるために、ヒカル自身が誠実さを失ってよいものかどうかと自問している横で、フィルは書き上げた答申書を指定されたフォルダへ重ね合わせた。
ヒカルは川田に電話した。
「答申書、送っておいたわ。それで、食事に出たいんですけど」
もう夕暮れ近く、ヒカルは酷く空腹を感じていた。川田がやって来て言った。
「そろそろ夕食の時間というところですね。一緒に外へ出て一杯やリませんか。そのあとで、ホテルの続き部屋へご案内しましょう。
もしよければ、そこであなた方の夕食を注文できますからね。遅い昼飯の代りの早い晩飯ということで」
「異議なし」と、ヒカルとフィルは答えた。
ヒカルとフィルそして川田の三人は、省庁の地下から夕暮れの地上へ上がった。彼らが地下にいた間に、高層ビルが立ち並ぶこのあたりには雪が降り始めていた。
三人は緩やかに上下する坂道を歩き、脇道に入ったところの薄暗い小さなカクテル・ラウンジのドアを押した。
川田とフィルは座ると、長い脚をテーブルの下で窮屈そうに折り曲げた。
注文を訊かれてヒカルとフィルはビールと答え、川田はスコッチ・アンド・ソーダをウエイターに伝えた。ビール二瓶とグラスはすぐに出て来た。
「どうぞどうぞ」
と、川田は愛想よく二人にビールを注いだ。
そうこうするうちにスコッチ・アンド・ソーダもテーブルにのり、
「乾杯といきましょう」
と川田はグラスを持ち上げた。
「おなじく」
ヒカルもフィルもビールを喉に流しこんだ。
まだ川田が一杯目をちびちびやっていると、フィルは厚かましくお代りを注文した。その勢いを見た川田は、アル中とは聞いてないぞと言いたげな表情で、ちらっとフィルそしてヒカルを窺ってから言った。
「レイナ・ランスロットは明日の午前中に向こうを飛び立ちます。昼過ぎには東京です」
「神よ、我らを助けたまえ」
と、フィルが笑みを湛えながら言った。
「神は世界の終焉をもたらそうとしているんですよ」
川田はそう言ってから濁った笑い声を立てた。「出来れば明日、そいつをやらかしてくれれば、レイナ・ランスロットのお守りをしなくて済むのに」
「おいおい、きみはまさか隠れEOW教徒じゃあるまいね?」
「わたしですか?」
と、応えてから川田は首を振った。「知ってますか? 僕が昔、弁護士だったことを。若く、腕ききで、野心的で、まともな商売やってた。どうしてまた、政界入りなんて馬鹿な気を起こしちまったんだろう」
「あら、川田さん、酔いざましに何か注文したほうがいいわ」
ヒカルがからかい半分に言った。
「いやあ、失礼」
と川田は言い、思い出したようにヒカルたちのビールを注文した。
ヒカルの耳たぶが、少し赤くなった感じだった。フィルなんて十分間に三杯目だった。川田は背筋を伸ばして言った。
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