時間旅行者の夢(66) [小説『タイムトラベラーの夢』]
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次にヒカルは和子に電話を掛けた。少し緊張した声が聞こえてきた。ヒカルは言った。
「今夜、霞が関に泊まるから」
「あら、どうして?」
ヒカルは経緯を話した。和子は最初、夜には帰るものと思っていたらしかった。
「ちょっと待って。今ここに慎一がいるのよ」
ヒカルは少し驚いて待つことにした。
「あ、慎一だけど。ヒカル?」
「義兄(にい)さん。わたし明後日、レイナに会うかもよ」
「そこまでしてくれるには及ばなかったのにヒカル、ごめんよ。このあいだ義母(かあ)さんにした相談を、あれから自分でも反省していたんだ。自分がとんでもない馬鹿に思えてきて。
僕はいろいろと、なんか弱気なことを言ったけれど、まさかヒカルが仕事をおっぽり出して、そのことでわざわざ官庁にまで行ってくれるとは……」
「別にそういうわけじゃないのよ、義兄さん。お役人から、お呼びが掛かってひっぱり出されたの。国家保安に関する重大要件──そんな名目。
でも、ここへ来た以上は、あの相談のことで一肌脱ぐつもりだということを、ちょっと母さんに知らせとこうと思って」
「恩にきるよ、ヒカル」
「用はそれだけ。慎一兄さん、のんびりやったほうがいいよ。温泉にでも行ったら?」
「ああ、考えてみるよ。ようすを見てね」
慎一の見せかけの快活さが、聞いていて辛かった。例え、義兄が愚かしい真似だったと詫びてはみせたにせよ、数日前にその心の中で泡立ち、沸騰していたものは、今もやはり彼の中にあるのだろう。
慎一には助けが必要だと思った。
さて、フィルは何をしているのかとヒカルが振り返ると、彼はコンピューター端末に向かって何やらさかんに打ち込んでいた。見ると時間逆行に関する言葉が頻繁に表れている。答申書の記述にとりかかったのだ。
コピーが何部必要か知らないが、それはどのみち大した問題ではない。フィルは記憶だけをたよりに、時間逆行に関する意見を簡単で分かり易く纏め上げた。
彼が言うには、素粒子レベルでの時間逆行はすでに成功しているが、人間が時間を逆行して目的点に無事到着することは、その搬送にどんな動力源を使うにしろ、現在理解しうる限りの物理学的理論からは不可能に思える──というのが要旨だった。
そして最後に、レイナ・ランスロットが明らかにペテン師であることを、それに近い言葉で表現して締めくくった。やはりフィルは、レイナの存在を否定したいのだろう、とヒカルは思った。
あの日、吹雪の夜に裸の体をすり寄せ、愛を交わした相手ではあっても、彼の本心を見抜くのは難しい。
日本国政府がレイナの主張を真正なものとして受け入れることについて、ヒカルはいろいろと考えてみた。首相に向かって、貴方はペテン師とぐるだとはっきり指摘することが、はたして賢明かどうかと迷った。
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