時間旅行者の夢(65) [小説『タイムトラベラーの夢』]



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「それならば」と、川田が言った。「レイナの物語の信憑性をチェックするために心理学者を一人、未来文化の発達を探るために人類学者を一人、といった具合の人選を我々は考えました。

この委員会は、レイナの言い分が真実であるかを調査すると同時に、もし、彼女が自称するとおりの人物であった場合には、我々に役立つ情報をできるだけ吸収しようという、二段構えなのです。
今日(こんにち)、我々としても、これほど面白い仕事は思いつきませんな」


 ヒカルは足元に目を落として、しばらく目を閉じた。川田のひたむきな熱っぽさには誠意が溢れていたし、よく舌は回るが多少押し付けがましい永嶋の口調にも、やはり、それなりの誠実さは感じられた。


 この二人は、お世辞でなくヒカルを必要としているのだ。それよりも何よりもレイナ自身が、ヒカルに近くにいて欲しいと伝えて来たのだった。


「お役に立ちましょう」と、ヒカルは答えた。


 二人は大げさに謝辞を述べてから、にわかにヒカルとフィルへの興味を失ってしまったようだった。まるで、一旦契約を済ませた人間のご機嫌を、いつまでもとっている暇はない、とでも言うように。


 永嶋補佐官が退室したあと、川田はビルの地下別館に設けられたオフィスヘと、ヒカルとフィルを案内した。


 川田はヒカルたちを一室に通すと、
「ここの事務局のサービスを自由に利用してくれていい」
 と告げて、使ってもよいコンピューターの端末機を教えた。


 タイムトラベルに関する政府への答申書を書くためなら、どこへ電話を掛けてもいいし、どんな協力を要求してもいい、ということだった。


「宿泊設備も用意しました。その公園の向こう側の続き部屋です」

「その前に、これから家に戻って身のまわりの物を持ってきたいんですが」
 と、ヒカルは言った。

「それはちょっと困ります。レイナの東京到着まで、四十時間を切っています。時間をできるだけ有効に使わないと」

「しかし、きみ、女性には着替えとか、身のまわりの物とか、必要だろう!」と、フィルが抗議した。

「それならば、そこの電話で何でも申しつけてください。買い物に女性を向かわせたいのでしたら、女性職員に言ってください」


 それを聞いてフィルはにっこり笑った。ヒカルもほっとした。
 フィル・シェルはもちろん、ヒカルは久し振りに日本に戻って来たため、携帯電話は持ち合わせていなかった。このぶんだと近いうちに専用の携帯が手渡されることだろう。


「他に何かありますか?」

「いえ」と、ヒカルとフィルは見合わせた。


 委員会への参加を承諾した瞬間から、一部の自由は失われたのだ。すでにヒカルたちは個人的活動の許されない、レイナ計画の一部になってしまった。この任務の終了まで、ヒカルの持つ自由は政府から与えられるだけのものに限られてしまう。


 ヒカルは教えられた内線を呼び出し、出て来た職員にクライストチャーチの事務所に電話を掛けてもらった。しばらく帰れなくなった旨の説明を頼んだのだ。


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