セリナの恋(5) [小説『セリナの恋』]
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西日の照り返しが激しさを増している。ほとんど猛々しいほどの光りの風景だった。
目に染みるほどの酷熱の気配が、湾全体を支配していた。汗がたえず流れ落ち、着ている薄地の衣類さえ、重く感じられるのだった。
耳鳴りのように頭の奥で唸り続けていたものが、実は裏庭から山に続く林の中で合唱している蝉の声だと気づいた。
その瞬間、蝉の鳴き声の中に携帯電話の呼び出し音が混った。セリナは携帯を手にして一呼吸置いた。
落選だった場合の慰めの言葉を、なにひとつ用意していなかった。深呼吸をしておいて、携帯を耳に押しあてた。
「俺だ」と、いきなり翔一の声が言った。「遅くなってごめんよ。入選した──」
声に笑いと興奮が感じられた。「それも特選だよ、セリナ。俺、いきなり特選だよ!」
相手の興奮が電話を伝ってセリナにも感染した。彼女は立っていることが出来ず、壁に背をもたせて、床に腰を落してしまった。なにも言えなかった。
翔一がなにか上擦り気味の声で、しきりに喋り続けていたが、彼女は煌めく銀色の海面だけを見ていた。
「もしもし? セリナ、そこにいるのか?」
あまりに長いこと黙っていたので、翔一は不安に思ったのか、電話の中から訊いた。
「もちろんよ。おめでとう、ショウ」
ほんとうに嬉しくて堪らない。「とっても嬉しいわ!」
これでなんの障害もなくなったと思った。
昨夜は興奮であんな風に言っていたが、やっぱり入選を逸していたら、結婚の話はスムーズに運びはしないだろう。
「今夜、来るんでしょう? 待ってる。何時頃になる?」
不意に相手が沈黙した。それまで喋り続けていた翔一が、急に真顔になる様子が、セリナには見えるような気がした。
「どうしたの?」
不安感が募った。
「特選になるなんて、想像もしなかったからな」
翔一が再び喋った。声からは熱気のようなものが引いていた。「まわりの連中が、街なかへ俺を引っぱり出したがってるんだ」
「でも、約束した。二人でお酒呑むって。酒盛りするって……」
またしても沈黙が訪れた。先刻より長い間をおいて、翔一が言った。
「そうだったよな。酒盛りの約束したよな、俺」
興奮の消え失せた声。「分かった、行くよ。少し遅くなるかも知れないけど、必ず行く」
それで電話が切れた。必ず行くと言った彼の声が耳に残った。
翔一が特選をとった!
踊り上りたい気持ちの底に、チカリと冷たいものが光った。嬉しいはずなのに、手放しで喜べない自分がもどかしかった。
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